読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

中庸に敗るとは言わせない

オーケストラからアメリカンフットボール部に転身したら、でかくなりすぎて親に認識されなくなった文系大学院生。

メモにも新鮮さがあるから、早く捌いてやらないとただの記憶になる。

茄子の浅漬けを作りたかったが、ファミリマートに浅漬けの素は売ってなかった。

万能なコンビニに期待しすぎてしまった。

 

「国際感覚を身につけるなら拓殖大学!」

 

最近のコンビニではラジオの合間に私立大学の宣伝が流れている。

 

「国際感覚」ってなんだ。

国際的な感覚、センスのことを言っているなら、外国に行けばいい。

拓殖大学についてはスポーツが強いくらいの認識なので、学問についてはよくわからない。

「国際感覚」のスペシャリストがいるのかもしれない。

 

こういう広告に惹かれて受験する人は、その大学が何かを変えてくれる、何かを提供してくれると期待する、世間知らずで他力本願な人ではないだろうか。

 

しかし、悪いということを根源的な原因とするならば、悪いのはそういう人ではない。私立大学でもない。

 

それは、大学には行ったほうがいいという盲目的な世間の圧力だ。

 

どうやったら変えられるのだろうか。

 

少なくとも、「とりあえず行く」、そんなコンビニ感覚で行くようなところではないはずだ。