中庸に敗れない

オーケストラからアメリカンフットボール部に転身したら、でかくなりすぎて親に認識されなくなった文系大学院生。

そういえば去年の7月に聴いた京大オケの感想を伝えてなかった。

 

「学生」はいいなと思った。

 

皮肉ではない。

将来に対する不安、悩みを抱えながら、もがきながら、自分の存在を示している。

オーケストラを聴いた感想はざっとこんな感じだ。

ブラームス1番の最終局面への盛り上がりは、まさに彼ら彼女らの熱を感じた。

 

同時に私の高校時代が、走馬灯の如く脳裏に映し出された。

ろくに練習もしないで先輩に怒られ、音を聞かずに女子高生を好きになり、やっと音を鳴らせるようになったと思ったら、もう高2の冬だった。

 

3年間を通して、ブラームス1番、大学祝典序曲、チャイコフスキー6番、フィンランディアシベリウス2番、1812、、と色々な曲をやったが、まともに演奏できたのは最後の文化祭だけだ。

宇都宮ホールでの演奏で、1812のテンポが上がり過ぎて終わったのは懐かしい。

 

高校時代、(大学時代もそうだが)確かに私はもがいていたなと改めて思った。

過去になってしまえば、懐かしむことができる。

時間の流れが、どんなものでも良くも悪くも風化させてくれる。

 

 

今は何でもやってみようもすることが大切だと思う。

 

まず平成が終わるまでの2年間、何かを切り開きたい。