中庸に敗れない

オーケストラからアメリカンフットボール部に転身したら、でかくなりすぎて親に認識されなくなった文系大学院生。

山田孝之のカンヌ映画祭 #2 天願大介

- カンヌに行けるためのコツってありますか?

 

一般論で言うとね
ハリウッドが嫌いなんですよカンヌの人たちは。
もうね憎悪している。
だから不親切に作るということですよ。
説明したりお客さんにサービスをしない。

 

- それはお客に向けるというよりも批評家に向けて作るっていう?

というより作家の中にあるこうなんか整理されてないものが出てこないと。

それをお客さんに向けてサービスして整理しちゃうとエンターテイメントじゃないですか。

もうちょっとこう原型のまま出すみたいな。
直接的なメッセージのようなものを入れたほうがいいかもしれない。

 

- それは一言で語れるようなシンプルなものということですか?
じゃなくてたとえばカメラ目線で彼女が女性差別について3分間じゃべるとか。
そうするともうオッケー。

嘘でもいいから現実の酷さを誇張して描くことで、全然お話に関係なくても。

要するにバランスを崩すということ。

 

- 今の日本映画の傾向、状況は?

 

みんな大喜利が好きなんですよ。

みんなが同じこと知ってて、同じ経験してて、同じ価値観を共有してるから、小さな価値観が楽しいっていう。

これって年寄りの、体力がなくなった年寄りの遊びなんだと思うんですよ。

つまり、フィジカルが弱い。日本映画は。

だからその微細な大喜利ゲーム、センス合戦をいくらやっても、国内では評価されるかもしれないけど、外に行ったら一撃で倒されていしまう。

 

つまり同じものを共有していないから。

今の日本映画っていうか今の日本全体がそうだし。

だんだんそういう傾向が強くなってきているように思いますね。

そうすると、業界の中には業界のルールがあって、そんなルール誰が決めたんだよってルールをみんな守るのがもう無前提に当たり前になっている。

その中で作っていても、外に出てみたときに強いフィジカルをもった作品にはなかなかならない。

つまり体力がつかない。

 

もっとなんかひどい目にあって作らないと。映画なんだから。

そういうことを海外のやつはやってると思うんですよ。

だから、対峙したときにパンチ力がある。