中庸に敗れない

オーケストラからアメリカンフットボール部に転身したら、でかくなりすぎて親に認識されなくなった文系大学院生。

鏡の角度とかで大きさとか変わるから、自分の本当の大きさは実際にはわからない

 ぱっと考えていたことを忘れたときに、「すぐ忘れるってことは、そんなに大事なことじゃなかったんだよ」という人がたまにいるが、そういうときに忘れてしまうことこそ、重要なことだったりする。

 

 

 最近は考えて動くようにしている。腕とか足をどう動かしたらいいとか、主に体のことについてではあるが。

 入部したとき、「考えること」をやめようと思った。他人に流されて生きていこうとしたのではない。もともと、自分は何かと極端な傾向があった。「考える」ということもその一つで、一度考えるとそのことばかり頭の中にあるのだ。そういうときは、時間を持て余しているときで、忙しいとき、とくに慣れない環境に順応しようとするときはあまり考えることはなかった。この部に入部したのは、どれだけ慣れようと必死になっても最後まで慣れることはないような環境に身を置けば、考えなくなるだろうと考えたからだ。結論からいうと、自分はほとんど考えなくなった。

 「みんな自分の体の動かし方をわかっていない。その状態で練習を重ねると、少しは上手くなるが、伸び悩むときがくる。」とかなんとか、武井壮が言っている動画を最近見た。人間はとりあえず環境に慣れようとするのではないか。そして自分は早く慣れようとするあまり雑にはまってしまったのではないか。

 

 

まあいいやとは言いたくないが、とりあえず考えることを考えるのはここでやめる。

それがつっかかりになって、邪魔だった。

 

 

 

4月12日 哲学者は全知者と無知者の中間 プラトン 哲学入門 三木清